一式砲戦車
一式砲戦車は、太平洋戦争期における大日本帝国陸軍初の自走砲である。本車は九七式中戦車の車体を流用し、1939年の末に始まり、1941年半ばには試作車が完成して制式化された。主砲には九〇式野砲の台車の部分をはずしたものを搭載した。九〇式野砲は当時の日本陸軍の野砲の中では比較的初速が速く、対戦車砲としても遜色のない性能であったため、三式中戦車にも改良型が採用されている。砲戦車の任務として対戦車戦闘も前提にあったため、自走砲でありながらも、車体部は車体自体の25 mmにプラスして16 mmの増加装甲が施されおり、数字上は九七式中戦車より厚い装甲を備えている。砲盾部の装甲厚も50 mmとなっている。ただ、同時期の自走砲の例に漏れず上部構造物はオープントップ式で上面と背面の装甲は無い。車体に装備されていた機銃は廃止されている。その後にフィリピンへの揚陸に成功した戦車第二師団の独立自走砲中隊がルソン島クラークフィールドで戦闘に参加しており、この際にアメリカ軍に捕獲された車輌が現在もアバディーン実験場に展示されている。他に戦車第十四連隊によりビルマなどでも使用されたが、いずれもごく少数である。また、中国の戦車師団に少数が配備されたとも言われている。一式砲戦車 ホニ I と一式十糎自走砲 ホニ II と合わせて138輌(資料によって124輌、または55輌)が生産された。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)

一式砲戦車、完成です。
一式砲戦車がフィリピン・ルソン島サクラサク峠にて一日で1000発もの砲弾を撃ったというシーンを再現しました。
ルソン島なので熱帯のジャングルを再現する必要があり、初めてのジャングル製作ということもあって、いろいろ熱帯雨林の写真を参考にしました。
竹竿をアンテナ代りに使用していたところを再現したくってプラ棒で作りましたが、少し太すぎました。


(アーマーモデリング誌 2009年1月号に掲載されました)
製作記