Russian Heavy Tank T-35 (ICM)
 T-35重戦車は、ソ連の赤軍が1933年に制式化した多砲塔戦車である。本車は実戦を経験した戦車の中でマウスに次いで大きい物であり、また史上唯一量産に至った5砲塔型の多砲塔戦車で、この形態の車輛としては最多の生産量である試作車2輛を含めた63輛が生産された。武装は中央に16.5口径75 mm砲を搭載した主砲塔、前部右側と後部左側に46口径45 mm砲を搭載した副砲塔、前部左側と後部右側の副砲塔に7.62 mm機関銃を搭載した銃塔と計5つの砲塔が配置されていた。61輌生産されたT-35は、全車が首都モスクワを防衛する第5独立重戦車旅団に配備された。1935年から運用に入ったが、1939年のフィンランドとの冬戦争でT-100やSMKなどの多砲塔戦車が全く戦果をあげられなかったこともあって1940年6月にはこの重戦車の実用性について疑問が浮かび、第一線からは退くこととなった。完成時期から推測して冬戦争にも投入されたという説もあるが、これは誤りとされている。実戦投入された記録が残っているのは、独ソ戦(大祖国戦争)初期のことであった。しかし、ウクライナを戦場とした初期の戦闘においてT-35は設計上の欠陥から思うような働きができず、エンジンや変速機の故障などによって多くの車輌が行動不能に陥り遺棄または、乗員により自爆させられた。この戦いで多くのT-35が失われたが、その後、上記の自走砲を含む少数の生き残りがドイツ軍の侵攻を食い止めるためモスクワの戦いに参加した。現在では、モスクワのクビンカ博物館で生き残った1輛のT-35が余生を送っている。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)

 ICMのT-35、完成です。さらにサイドスカートを汚してみました。ライフカラーのウェザリングカラー(ダスト)をエアブラシした上から、油絵の具とファレホで汚しを入れました。明日の関西AFVの会になんとか間に合いました。

(関西AFVの会 2007 単品賞受賞)

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