SU-76m
 1942年末に制式採用されたオープントップの自走砲で、軽戦車T-70Mの車体を転輪一個分延長し、対戦車砲としても名を馳せた76.2mm野砲ZIS-3を搭載しています。 当初の生産型であるSU-76は、旧型のT-70と同じGAZ-202エンジン(70hp)を2基、車体後部の容積を稼ぐため車体前部に並列配置していますが、これは少数の生産に終わり、1943年春にはT-70Mと同型のGAZ-203エンジン(85hp)2基を車体右側に直列配置する改良型SU-76Mが登場、これが主量産型となりました。、キットもこのSU-76Mで、車体前部右側のみのミッション点検ハッチ、後方にオーバーハングしていない戦闘室など、外形上もSU-76とSU-76Mでは各所が異なります。なお、後期のSU-76Mでは、戦闘室側面・後面装甲板が増積されています。SU-76Mは45年までに13.932両に及ぶ大量生産が行われ、自走砲連隊の装備車輌として広く使われました。 大量生産されたSU(ロシア語で自走砲の略)としては最初の車体で、そのSUに引っかけて「スーカ」(雌犬)と、いささか下品な愛称が付けられたSU-76/SU-76Mはソ連軍でもごく一般的な車輌でしたが、他のSUがすべて密閉式戦闘室を持っている中で、唯一、後部に戦闘室のあるオープントップ形式のため、戦場ではドイツ軍のヴェスペと誤認されて同士討ちの対象になるケースもあったと言われています。 SU-76Mは戦後の一時期も引き続き使用され、朝鮮戦争も約100両が北朝鮮軍により実戦投入されています。(かば◎氏解説より)

 DUOのローアンバーをペトロールで色の付いた溶剤程度に薄く溶きウォッシング(拭き取りはしていません)、装備品を塗り、デカール貼って、金属部をタミヤペイントマーカーのクロームシルバーを筆に取ってドライブラシ、車体はガッシュのグレイッシュベージュでエッジを中心にドライブラシ、デカールのツヤが出てしまったところにブランマットリキード(画面保護ワニス)をエアブラシし艶を消し、車体下部にアクリルのフラットブラウンをかなり薄めて、さっとエアブラシ、最後にもう一度全体にドライブラシしました。
 デカールが痛んでたのか、貼ったら異様に白くなってしまい、文字以外の所を再塗装するのに手間取ってしまいました。あて紙を5mm四方に切り取り、マスキングしてダークグリーンをエアブラシ。め、めんどくせー・・・・・
 フュギュアはタミヤのソビエト戦車兵小休止セットをそのまんま使用。油絵の具で再挑戦しましたが、目ん玉は、やはりうまく行かず惨敗。再度、ガッシュのアプリコットを下地に塗り、DUOのバーントアンバーをウォッシングの要領で凹部に流しこみ、筆で(納得いくまで)形を整えました。ま、まあええか(笑)
服はガッシュのニュートラルグレー5をランプブラックと混ぜて調整し、筆塗りしてます。あと、DUOのローアンバーをペトロールで溶いてウォッシングし、ハイライト部はガッシュのニュートラルグレー5をそのまんまドライブラシ。
 今回は装備品の木の部分の塗装方法を変えてみました。下地にガッシュのイエローオーカーを塗り、上からペトロールで薄く溶いたDUOのバーントアンバーをムラになるよう塗っております。排気管部はパステルの黒と茶をアクリル溶剤で溶き、筆塗りしました。錆びた感じがでて、この塗装方は気に入りました。
 車内の砲弾部とか、全部くっ付けてしまっていたので、内部を塗装するのに苦労しました。筆を突っ込み、届く部分だけ塗ってます。
 フュギュアを車体にくっ付けるのに、プラ接着剤だったら取れなくなると思い酢酸系接着剤(いわゆる木工用ボンド)でつけたら、フュギュアに塗る際、ブチュ〜とついてしまいトリモチにからまった状態になり、乾燥後ピカピカになってしまいました。(眉間にシワ・・・・)
結局、修復後、部分的に再塗装し、流し込み接着剤で車体にくっつけました。(最初からこうすれば良かった・・・・ブツブツ)
(1999.6.13 完成)
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