jagdpanzer 38(t) Hetzer Mittlere Produktion (TAMIYA)
 軽駆逐戦車ヘッツァーは、第二次世界大戦時のドイツの駆逐戦車。ドイツ語では Jagdpanzer 38(t)と呼ばれる。制式番号は Sd.Kfz.138/2 。ヘッツァー(独:Hetzer, 狩りの勢子)というニックネームは本来、次世代軽駆逐戦車であるE-10計画用のものであったが、いつの間にか本車のものになっている。BMM社の設備ではより小型の車輌しか生産できないため、ヒトラーは小型駆逐戦車の開発を命じた。そこでBMM社は38(t)戦車の発展型である、II号戦車L型ルクスとの競争に敗れ不採用となった「新型38(t)戦車」の足回りを流用して試作車を製作。これは見た目が良く似ているため従来型の38(t)の足回りを流用と言う間違った解説が実に多く、また古いプラモデルでも混同されているが、転輪の直径(775mmから825mmへ)や起動輪の歯数(19から20へ)、誘導輪の形や直径(535mmから620mmへ)、キャタピラのパターン・幅(290mmから305mmへ)、シャーシのサイズなどが異なり、全くの別物である。この足回りに新設計のシャーシ、傾斜した装甲を持つ戦闘室と48口径の75ミリ対戦車砲(7.5cm Pak39 L/48)を搭載した軽駆逐戦車がヘッツァーである。本車は安価(パンターの半額)で生産性が大変良く最優先車両とされ、わずか四ヶ月で設計を終え、1年足らずで2584輌が生産されている。しかし、傾斜した装甲のために戦闘室内は大変狭く、また主砲が中心線を外れて装備されている関係で重量バランスが悪く、エンジン出力が低く履帯の幅が狭いこともあり、重量やサイズから連想されるほど路外機動性は良くなかった。敵戦車を待ち伏せ小隊単位で互いの死角を補い合い、単一の敵に集中砲火を浴びせ確実に仕留めていく「パックフロント」戦術こそが正しい本車の戦法であり、機動防御に本領を発揮した。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)

 タミヤのヘッツアー、完成です。斉藤さんから「足回りを湿らせたほうがいい感じになるのではないでしょか」というナイスアイデアをいただき、早速、水性ニスを塗ってみました。タミヤの久々のドイツ車両、ぜひ組んでみてほしいキットです。

(アーマーモデリング誌 2007年9月号に掲載されました)


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